七夕伝説とは

「夢を天までとどける、100万人の大祭りが日本にはあった」

七夕伝説とは…

富士山の大噴火や大地震によって、貧困の中で領地や命を奪いあった戦国時代。
そんなとき、一人の青年がいのちをかけて、富士山に夢や祈りをとどけたことから始まった。
それから100年以上経った江戸時代…
旧暦の七夕には、家族みんなで屋根の上にのぼり、夢をかかげて夜空を見上げたそうです。
すこしでも、天に近いと願いが叶うとされ、富士山にも願いや祈りを届けるようになりました。
天変地異が多い日本独自の文化で生まれた「夢を天にとどける大祭りをよみがえらせること」で、
富士山の世界文化遺産をきっかけに、富士山は「世界一の夢の山」になっていくのです!!

そもそも七夕とは、日本、中国、台湾、ベトナム、韓国などにおける節供の一つ。
本来の七夕とは、月の暦である旧暦の7月7日の夜のことであるが、
日本では明治改暦以降、太陽の暦である新暦の7月7日をさすことが多くなりました。
現代の七夕は梅雨のさなか。
一ヶ月ほど時期が早くなってしまったため、なかなか美しい天の川を見ることができません。
さらに旧暦の七夕なら、7月6日の夜から7日にかけて、
天の川の両側にある織姫星と彦星の間に、必ず上弦の月という半月がかかるのです。
その半月を「光の小船」に見立て、
天の川に隔てられた二人が一年に一度だけ会うことが許されるという物語があったのです。
笹に短冊を飾るようになったのは江戸時代に入ってから。
江戸の町では、7月6日の夕方から、天の神様への目印として七夕竹を立てる風習があり、
江戸の人たちは競うように、少しでも高く天に願いを届けようと、屋根のうえに上り、
高い竹にたくさんの夢を描いた短冊をくくりつけ、家内安全や大豊作などを願いました。
絵によると、屋根上から空に向かって一本の竹が立っています。それも、それぞれの家から。
家ごとにその竹が立っているため、無数の短冊竹が空に向かって立ち上るがごとく光景は、
絵をみただけでも驚いてしまいます。

七夕伝説とは…2

富士夢祭りは、富士山の世界文化遺産を機に、この日本の文化を世界中に広げていきます。
数百年後には、天の川銀河へ夢を捧げる地球の大祭りとなり、
数千年後には、天の川銀河のいろんな宇宙人たちと、夢を語り合っていることでしょう。
宇宙は、とてつもなく広い。
どうせなら、いろんな宇宙人とも仲良くしようよ。
この広い宇宙、地球人だけで祭りをするのはもったいでしょ!

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